06/26/2008

人生も八割方オリバン

演奏家や音大生の間では、コンサートなどで演奏することを「ノル」、演奏しないことを「オリル」という動詞で表し、自分が演奏に参加する曲目は「ノリバン」、参加しない曲目は「オリバン」という言葉で表すそうです。例えば「弦のエキストラの人は、休憩後のシンフォニィまでオリバンです(つまり、コンサートの後半まで出番がない)」というような使い方をするそうです。

“バン”は“順番”の“バン”か、“バンド”の“バン”か、はたまた“number”(=曲)が変形したものか…。成立の由来は定かではありませんが、「ノリバン」「オリバン」と、なんとなく響きが良い言葉のペアです。

一般に日本人は外来語またはその派生語を言い易いように略す傾向がありますが、そうしてできた言葉のなかには、このようにどこか響きの良いものがたくさんあるように思います。というか、日本語という言語がこういう響きの言葉を生成する傾向にあるのかもしれません(日本語音韻論については何も知りませんが)。

特に音楽の世界ではとても多くて、「コンマス(=コンサートマスタ)」「バンマス(=バンドマスタ)」「リハ(=リハーサル)」「ゲネプロ(=ゲネラールプローベ、つまり通し稽古またはdress rehearsal)」などオーケストラ関連のものから、もっと身近なところでは「クラ(=クラリネット)」「ペット(=トランペット)」「バリサク(=バリトンサックス)」「ブラバン(=ブラスバンド)」「コンディミ(=コンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケール)」や、一般人の語彙にも入っている「インスト(=インストゥルメンタル)」「=Aメロ(メロディ)」など、あげていけばきりがありません。そういえば「カラオケ」も“空の(歌が抜けている)オーケストラ”ということからきたのでした。

クラシックの有名曲の略称も数多く見られます。例えば交響曲では作曲家の名前とその交響曲の番号をあわせます。「ドヴォ8(=ドヴォルザークの交響曲第8番)」「ブル8(=ブルックナーの交響曲第8番)」。協奏曲は、作曲家の名前に“コンチェルト(concerto)”の“コン”をつけます。例えば「メンコン」と言った場合はメンデルスゾーンの協奏曲のことで、メンデルスゾーンの協奏曲ではヴァイオリン協奏曲が一番有名なので、「メンコン」といえば大抵この曲を指します(ちなみにメンエルスゾーンはピアノ協奏曲もいい曲です!)。「シベコン」も同様で、シベリウスの(ヴァイオリン)協奏曲のことです。また「オケコン」というとバルトークの管弦楽(オーケストラ)のための協奏曲です。

「ブラコン」とか「チャイコン」というとブラームスとチャイコフスキーの協奏曲のことになりますが、彼らの場合ピアノ協奏曲もヴァイオリン協奏曲も有名なので、文脈でどちらのことを指しているのか明らかにしなくてはいけません(「チャイコン」は「チャイコフスキー国際コンクール」の略にもなりうる)。また、「ベトコン」というと“ベ”の発音によっては全然違う意味になってしまいます。

「オタク」の「オタ」を作曲家の名前の後につけて、その作曲家の熱狂的なファンを呼ぶこともあります。「マラオタ(=マーラーオタク)」「ブルオタ(=ブルックナーオタク)」など。現代音楽が好きな人は「ゲンオタ」と呼ばれ、これは言いやすく訛って「ゲノタ」となります。「ガンダムオタク」を意味する「ガノタ」と似ています。

言葉の響き的に僕が好きなのは「モツレク(=モーツァルトのレクイエム)」や「ミサソレ(=ベートーヴェンの荘厳ミサ曲)」など。「バラスケ(=ショパンのバラードとスケルツォ)」や「バラニク(=オリヴァドーティの序曲「バラの謝肉祭」=初級ブラバンの定番曲)」、それから「弦チェレ(=バルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」)」なんかは秀逸な省略の仕方だと思います。

ジャズのスタンダード曲にもたまらなくいい響きの省略語はたくさんあって、「In a sentimental mood」を「イナセン」、「酒とバラの日々」を「サケバラ」と言ったりします。「You'd be so nice to come home to(帰ってくれたらうれしいわ)」を「ユビソ」と略すセンスには脱帽です。日本語ってすごい。英語にはこうした音の感覚はありません。

こういう略語の響きがよいというのは、気取った雰囲気がカッコ良いとか、業界用語(隠語)がカッコ良いとかそういうことではなくて、ただ純粋(単純)に語感がよいと思う、ということです。だから、実際ラフマニノフを「ラフマニ」といったりチャイコフスキーを「チャイコ」というのは僕はあんまり好きではない(「ノフ」とか「フスキー」くらい言えよ!とツッコミたくなる)のですが、中原中也がその詩の中で「ベトちゃんだったかシュバちゃんだったか」と書いているのは音楽的におもしろいと思うのです。

あまり一般化はできませんが、3つか4つのモーラでなりたっていて、濁点が入っていて、拗音は入っておらず、二つ以上の違う種類の単語(名前とジャンル、外来語と日本語など)からなりたっている略語は非常にイイと思います。「弦カル(=弦楽カルテット、弦楽四重奏曲)」なんか素晴らしい。

音楽の世界にこうした略語が多いのは外来語がたくさんあることが一つの原因ですが、そういう分野の外でも、例えば2ちゃんねるではこうした略語が日々生成されています。例えば「常識的に考えて」という表現は「jk」や「常考」などと略されていますが、「ジョウコウ」という音は今書いた基準から行くと、拗音が入っているのであまりよくないです。逆に、「uploadお疲れさまでした」という意味の「うp乙(ウプオツ)」が訛って「ウポツ」となるのは音的にイイ…まったく個人的な好みの話ですが(笑)。そんな2ちゃん用語で僕が一番秀逸だと思うのは「それなんてエロゲ?(=それは何というタイトルのエロゲームですか?)」を略した「ソナゲ?(“sneg?”“sng?”とも書くらしい)」でしょうか。

省略の他に、擬音語の多さも日本語の大きな特徴ですが、こう考えると「ツンデレ」という言葉は二つの絶妙な擬音語が略されてできているわけで、そういう意味では日本語の「作品」としてかなりクオリティが高いと言えるかもしれません。

posted by Yuuki at 03:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | On Language
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