開館二日目の日曜日はあいにくの雨でしたが、朝から歩いて行ってきました。写真も撮ってきたので、ここにレポートいたします。
(7月3日追記・コメントでも既に指摘されている通り、公立図書館[内?]の写真撮影は[原則として?]禁止されているそうです。[この禁則は(少なくとも北区立中央図書館では)明示されているわけではなく、僕は職員の目の前で写真を撮っていた時もまったく注意されませんでしたので、職員にもこれをご存知の方とご存知でない方とがいらっしゃるようです。さらに、職員の方の話には、事前に確認をとれば撮影が許可されることもあるという含意がありました。事後確認では了承できないのに、事前確認すればOKの場合もあるというのはとても不思議です。なにか隠すものでもあるのなら話は別ですが。]さて、図書館のような“公共施設自体”を撮影禁止にする理由は僕にはよくわかりません[もし公共施設としての図書館が撮影禁止ならば、同じ道理で公園や道路や歩道橋も撮影禁止なのでしょう]が、肖像権の侵害をさけるため、以下、一部の写真は加工してあります。加工前の写真は日本時間で7月2日の明け方数時間ほど公開されていましたが、指摘をいただいてからすぐに公開を一時停止し、本日図書館の職員の方二人に、加工の有無に関わらず以下の写真すべてをご覧いただき、使用の確認をいたしました。写真掲載に問題がある方は、お手数ですがコメントもしくはメールにてその旨お知らせいただければ幸いです。)

旧・中央図書館は警察署の裏の少し奥まった場所にあり、建物も相当古くなっていて、15年ほど前に新しくなった滝野川図書館に比べて(「中央」という名前に反して)かなり地味な佇まいでした。新しい図書館は中央公園に面した広いスペースに建てられていてとても清々しいです。戦前ここには陸軍兵器工場があり、その時代からあった(現存する北区最後の)赤レンガ倉庫を活かすように、図書館はデザインされています。

赤レンガ倉庫(1階)のアップ。

雨のせいで暗い写真になってしまいましたが、図書館の前にはかなり広い芝生のスペースがあります。あと数十年すれば木も生い茂って、読書やピクニックに最適な公園になるでしょう。
(開館に先立って開設されていたイメージ・サイト[効果音量注意]が妙にガーリー[girlie]なのもうなずけるくらい、パストラル[pastoral]でちょびっとロマンティック[romantic]でフィーリック[feérique]な外観になるかもしれません)

2階部分は現代的な建築です。

自転車置き場は屋根付き。極小ですが駐車場(有料)もあります。
図書館は三階建てで、入り口は1階と2階にあります。2階は子ども図書館で、3階には事務室や小さなホールなどがあります。つまり、一般開架はすべて一階で、このフロアは図書館のワンフロアとしては23区最大(およそ3500平方メートル)だそうです。歩き回ってみると、たしかにかなり広く感じます。それでは写真を見ていきましょう。
一階のエントランスホールから館内に入ると、総合カウンター正面の5番区です。2階からは、子ども図書館を通るか、入り口のすぐ左手の階段を使って降りてくることができます。

5番区は2階分の吹き抜けになっています。これは2階から下りて来る階段の途中から撮ったもの。



総合カウンターに向かって右側が赤レンガ倉庫の部分です。
赤レンガ倉庫のエリアに入るとまずPCコーナ、視聴ブース、そしてレファレンスカウンタがあります。

備え付けのパソコン(無論インターネット接続可)が数台。

持ち込みのノートを接続できる机(有線LANでネット接続可だそうです!)。

ビデオ資料視聴コーナーにはエルゴノミックな椅子が備え付けてあり、画面には覗き見防止のスクリーンがついています。
ここを通り過ぎると1番区です。


書架は低めで、書架間のスペースは広くとってあり、子どもや車椅子利用者などにも親切な設計です。明るく開放的な感じもします。

哲学・思想・宗教などの本は20〜22番の棚です!

外国語の本も少しですがあります。これはフランス語の本の書架(ジャック・プレヴェールの『Paroles』が平置きされてます。僕もフランスで買ってきました。)


1番区には他にも研究個室(いわゆるcarrel)やグループ研究室などがあります。使用は予約・時間制。

赤レンガ倉庫の正面部分は閲覧席になっています。

隣との仕切りのある自習席もあります。
社会科学・自然科学・技術産業などの本がある2番区はとばして、フロアの反対側、増築部分を見てみましょう。まずは3番区。文学や文庫本はここです。


このエリアには低い椅子、高い椅子、二人掛けの椅子などいろいろな種類の椅子があります。(下の写真のような机を挿んだペアの椅子に座ると、アメリカ人は必ず足を(土足で)机にのっけますが、そういうことはやめましょう!)

文庫本コーナ。

建物の東端の壁、南向きに。書架が低く、天井が続いているのが見えるので広く感じます。

3番区と4番区の間には雑誌コーナ(の一部)があります。

ここには、区の木であるサクラの花びらをモチーフにした机が。

ちなみに5番区にもサクラの花びらをモチーフにしたベンチがあります。(サクラは区の“木”であって、区の“花”はツツジなのですが、そのデザインは見当たらず…)
4番区は芸術に関する本。

漫画本はこちら。手塚治虫や石ノ森章太郎など。

このエリアの奥には「YA(Young Adult)スペース」といって、中高生専用のブースが二つあります。


5番区と4番区の間は「読書の庭」というデッキになっていて、晴れの日はここで館内の本が読めます。日曜日は雨のため「CLOSED」でした。残念。

6番区は「公開書庫」です。“半”閉架とでもいいましょうか。
新聞の縮刷版、点字図書、雑誌のバックナンバなどがあります。このエリアの反対側(「読書の庭」に面している方)にはサポート室と音訳室があり、これらは目の不自由な人などがサービスを受けることができる部屋です。
6番区と5番区(総合カウンタに向かってすぐ左)の間がAV資料コーナです。

CDの他にも、DVDが借りられるようになりました。見た感じ数は少ないですが…
これで、だいたい一階を一周した感じです。広さが伝わったでしょうか。

総合カウンタには検索端末のブースが。端末はほかにもフロアの各番区にあります。新しいインターフェイスはちょっと安っぽいですが、入力用キーボードが着いている端末もあり、利便性はややアップしました。

総合カウンタの向かいには自動貸出機が設置してあります。本を差し込んで読み取るタイプです。

中庭沿いの閲覧席は自然光がたくさん入って目に優しそうです。
それでは、1番区の奥の階段から2階の子ども図書館へ上がりましょう。

階段の途中からは、赤レンガ倉庫の屋根を支える鉄骨を近くでみることができます。かなり年季が入っていることがわかりました(倉庫の建設は1919年)。

ちなみに1階1番区にはラチス柱の基礎まで見える展示コーナがあります(この柱が力学的にどの程度の意味があるのかはわかりませんが…)。

階段の踊り場から1階窓際の閲覧席を見下ろしたところ。開館二日目、雨の日曜にも関わらず、勉強している学生は結構多かったです(期末テストが近いのでしょうか)。
2階の「こども図書館」には、赤ちゃんから利用できる布の絵本、木のおもちゃから、児童文学研究に関する本まで、約3万冊が蔵書されています。

当然書架は低いです。ただし南側の壁(児童読み物)は一面が棚になっているので、上の方の本を取り出すには台が必要です。

カウンタも子ども向けに低めに設計されています。

ここにも自動貸出機が。

ハート型のテーブルです。このフロアには、他にも「おはなしのへや」「読書テラス」「子育て情報支援室」「授乳室」などがあります。ベビーベッドもあり、トイレも子どもようになっているようです。

“子どものための”哲学は「生き方」というタグで分類されています。ほんの少ししかありませんが…。(ちなみに、哲学の本を読んでも、「生き方」なんてちっともわからないと思います。寧ろ逆効果でしょう。)

こども図書館に2階から入る入り口。
* * *
以上、図書館“プロパー”とも言うべき1階と2階のフォトレポートでした。

開館時間
* 火曜日から土曜日 午前9時から午後8時
* 第2・4月曜日 午前9時から午後8時
* 日曜日・祝日 午前9時から午後5時
休館日
* 第1・3・5月曜日
* 年末年始
* 館内整理日(第4木曜日)
* 3月31日

一階には、図書館と同時に新設された喫茶室「Atelier de Rêve(アトリエ・ド・リーヴ)」があります(“Rêve”のカタカナ表記は“レヴ”のほうが近いと思いますが、それはさておき)。今回は入りませんでしたが、なかなか小洒落た雰囲気です。持参のお弁当を食べるコーナもあるそうです。

今、中央図書館で資料を借りると、開館記念カードケースが貰えます(数量限定!)。図書館の貸し出しカードだけケースにいれて別に保存する人が何人いるか不明ですが(笑)、ノヴェルティとしてはレアですっ。

というわけで、僕も夏休みの間は結構frequent(入り浸る)ことになると思います。いやー、図書館ってホント、いいものですね!
* * *
資料検索、予約などができる北区立図書館のサイトはこちら。東京23区の区立図書館248館すべてを制覇(!)したTakeniさんによる訪問記(詳細なデータ付き)はこちら。同氏のブログの該当記事はこちら。
私、29日の閉館ちょっと前くらいに本を借りたのですが、開館記念カードケース貰えませんでした。もうなくなってしまったのでしょうか(笑)。
ところで1点気になる点があります。図書館はたいていの場合館内の写真撮影は不可なのですが、これは許可を取って撮影されたものでしょうか。
北区立中央図書館での写真撮影に関してどういうルールになっているか私ははっきりとは確認していませんし、もし許可を取っての撮影であれば本当に私が余計なお世話ということなのですが、もしその辺の確認をされていないようでしたら、確認なさった方がよいかと思います。
コメントありがとうございます。
写真撮影について、事前に確認をとらなかったのは僕の不注意でした。コメントしていただいたあとすぐこの記事の公開を一時停止し、今日図書館の方に改めてすべての写真を確認していただきました(本文内追記参照)。
僕の理解している限りでは、図書館(内)の撮影を禁じるのは、著作権や肖像権に関するトラブルを回避するためなのだろうと思います。この限りでは禁止は(一つの意味で)合理的ですが、それならばこれはどこかに明示されてしかるべきではないかとも感じます。もちろん、個人的な趣味で図書館めぐりをしているのでもない限り、“普通の”日に写真を撮るために図書館に行く人はごく少数であるとは思いますが、それでも著作権法に触れる複製防止のために撮影等禁止の旨を表示しておくことは必要なのではないかと思えます。加えて今回はリニューアルに伴うイヴェントが館内で多数行われており、そこで写真を撮ろうとする人がいるかもしれないことは、決して予想できないことではなかったのではないかと思います。入館時に配布していたさまざまなチラシ・案内等にも、撮影禁止の旨は書いてありませんし、(臨時に派遣されていたであろう方々も含め)職員にそのような指導がなされていたとも思えません。恐らく、こんなことは常識中の常識と考えていて、僕のような“非常識な”輩が存在するとは想像できなかったのでしょう。
ところで、カードケースは残念でしたね。ひょっとしたら「一日何枚」と決めて配布していたのかもしれません。
よく知りませんので、間違っていたら申し訳ないと思いますが、肖像権などはその段階で侵害されるのではないのですか?
それは発表する段階で個人が責任を持って注意すべきことで、図書館に撮影禁止の表示がなかったとかは別の問題のような気がします。
失礼ですが、何でも他人のせいにする風潮に乗っているように読みとれて、自分に甘いように感じるのですが。
コメントありがとうございます。
写真撮影という行為そのものが問題になる場合もあるとは思いますが、おっしゃる通り、今回のようなケースではまさに「不特定多数の人間が閲覧可能」な状態に特定の情報を置くことが問題になるのだと思います。
肖像権が“どの時点”で侵害される(されたとみなされる)かは僕も知りませんし、おそらく判例は様々なのではないかと想像しますが、これもまたおっしゃる通り、肖像権を侵害しないように留意して公開するというのは、公開する個人の責任の問題です。だからもちろん、図書館(や他の公共施設)に“肖像権を侵害しないように”注意を促す責任は全くありません。完全に同意します。
この上で僕が言いたかったのは、肖像権(や著作権など)に関するトラブルに不当に巻き込まれることを避けるために館内の撮影を(原則的に)一切禁止してしまいたい、と*図書館側が*考えるならば、職員にそのような指導をしなかったり、これを明示しないでおいたりするのは不思議だ、と書いたのです。そういう禁止を行うこと自体は、余計な仕事を減らすという意味では理解できることです(本質的な問題の解決になっているとは思いませんが)。もちろん、合理的と思える行動(禁止したいことを禁止と表示すること)をとっていないのが「不思議に感じた」と書いただけで、これは批判でもなければ責任の転嫁でもありません。
僕は僕自身の判断と自己責任においてのみ、写真を撮って、この記事を書いたのです。上のコメントにも書いてある通り、撮影時にしっかりと確認をしなかったのは僕の不注意であったと認識しています。しかし、その後の展開に何か別の問題があったとは思っていませんし、確認処理にかかった時間を図書館のせいにするつもりはまったくありません。
ということで、王子の狐さんが、僕が一体何を図書館のせいにしてると感じていらっしゃるのか、コメントして頂いた内容からは僕にはよく理解できません。実際、図書館の方とお話をして、写真を確認していただき、さらに自分の責任の上でこの記事を公開したことに関して、僕が誰かのせいにするようなトラブルが発生したとは考えていません。
想像するに、本文内の追記と上のコメントのトーンに、何かの責任を誰かに押し付けているようなニュアンスがあるように感じられられたのだと思います。それはもちろん僕の意図ではありません。
最後に、話の本筋とは関係のないことですが、僕は自分にはとても甘いです。(ただ、もちろん、このことは、今回のようなケースがあったとき、僕が何かを他人のせいにする、ということを必ずしも意味してはいないと思います。)それから、もし僕があることを他人のせいにしようと考えたならば、そういう風潮の有無に関わらず他人のせいにすると思います。
もちろん僕は、自分が決して何も人のせいにしないと断言しているわけではありません。ただ、今回の件に関しては、誰かのせいにするようなことがあったとも考えていません。もちろん、なにかを他人のせいにしようと意図的に考えてそのようにものを書く人はあまりいないとは思いますが、王子の狐さんのコメントをうけて今自分の心境を顧みても、指摘されていらっしゃるような意図を僕が持っていた(あるいは持っている)とは思えないのです。
このように書くと、ひょっとしたら、僕は無意識的には何かトラブルがあると“考えて”(無意識が“考える”というのは少し不思議ですが)いて、無意識的にその責任を図書館側に押し付けていて、このコメントも無意識的に自分を正当化しているものだ、と反論なさるかもしれません。そういう可能性を反証することは僕にはできませんし、否定する気もありませんが、もしそうなら僕が意識的に治せることは残っていないことになるので、どうにもコメントに答えることができなくなってしまうように思います。
指摘されなければ気づかなかった、それは図書館が周知してないからだ、というニュアンスに感じたので他人のせい、と思わず書いてしまいましたが、論理的にはそれが正しいので、非難される筋合いではないですね。申し訳ありませんでした。
聞かれて禁止と答えるなら、きちんと明示しとけ、というのはそのとおりだと思います。
細々クレームを受ける立場にいると、正論に疲れてしまうことがあります。私の感覚は、何も言われなかったのは大目に見てくれたんだろう、くらいに解釈してしまうルーズなものです。禁止と言われても、公開目的でなければいいように思ってしまいますしね。法令に定められ
ていれば別ですが、そうでなければ、むしろ根拠が気になります。
「細々クレームを受ける立場にいると、正論に疲れてしまう」という言葉には重みがあるな、と感じました。僕はまだそのようなことを身をもって理解できるような社会的立場にたったことがないので、だらだらと屁理屈をたらしているような印象を人に与えてしまうこともあるのかもしれないと思います。
「大目にみてくれた」というのも本当かもしれません。でもそれは、必ずしも「ルーズ」なのではなくて、そのくらいのスタンスで仕事をしないとキリがない、ということなのだと思います。
こういうことを考えていると、「規則の合理的な根拠」というような表現がいかに不思議で難しいものか感じられます。(僕は哲学を学んでいるのですが、法哲学や政治哲学なんかに手をださない理由の一つはこういうことです。)