EMIでのボストリッジのシューベルト録音は少々わかりにくい組み合わせでリリースされてきたのですが、今回のリリースですっきりして、コンプリートも容易になりました。参考までに、以下に簡単なまとめを。
まず、ソング・サイクル。ボストリッジは『冬の旅』をレイフ・オヴェ・アンスネスと、そして『美しき水車小屋の娘』を内田光子と録音しています。前者は僕を(特にシューベルトの)歌曲の世界にいざなったきっかけで、後者はひょっとすると大学4年間で一番聴き込んだディスクかもしれません。
ちなみに『白鳥の歌』はまだ録音・リリースされてないです(コンサートでは歌っているようですが…)。ボストリッジはインタビューで、ドイツ歌曲はフランス歌曲に比べてストーリー性があるところが好きだというようなことを言っていたので、既出の二集に比べて物語的なまとまりに欠けるこの曲集を「サイクル」として録音するのにひょっとしたら抵抗があるのかもしれません…とは僕の勝手な想像ですが、いつかはぜひ録ってもらいたいものです。
ただ、三大サイクル以外の歌曲集は積極的にリリースしていて、ここがちょっとEMIのカタログでわかりにくくなるところなのですが、まず単純に『シューベルト歌曲集(Schubert Lieder)』という名前のアルバムが、Vol.1、2と2枚あります。第1集は誰でも知っている「魔王」など、有名な曲が中心で、第2集はちょっと通好みの曲も収録されている、という感じです。伴奏はいずれもジュリアス・ドレイク。
それで、さらに『Schubert: 25 Lieder』というアルバムがあるのですが、これは前述の2枚の『歌曲集』からのセレクションです。『歌曲集』を2枚とも持っている方はこっちを買うと全曲ダブりますのでご注意を。
『歌曲集』の録音は『Ian Bostridge: Perspectives』という、ボストリッジ・サンプラともいえるアルバムにも何曲か収録されています。このアルバムもボストリッジの他のアルバムからのセレクションで、個人的には選曲が中途半端でセンスのないものに思えますので、オススメはできません(ジャケットのデザインにも気合いが足りないように思われる)。
さて、歌曲だけが収録されているアルバムは以上ですが、ボストリッジのシューベルトは実はアンスネスのシューベルトソナタの録音にも“おまけ”か“B面”のような感じで収録されていて、これが4枚あります。ソナタのドイチュ番号でリストすると、D850、D958、D959、D960で、それぞれに3〜9曲の歌曲が収録されています。
ボストリッジの歌は聴きたいし、アンスネスも嫌いじゃないけど、4枚もアルバム買えないよ…っていうかこれ抱き合わせもいいとこじゃないか!? というリスナの声を考慮した…のかどうかはわかりませんが、今回ようやく、これら4枚のアルバムを、ソナタはソナタ、歌曲は歌曲にまとめたものがリリースされたのです。今回の新譜がそうです。
というわけで、『Schubert: The Wanderer - Lieder and Fragments』には、今あげた4枚のアルバムに収録されている歌曲が全部と、ピアノ断片がいくつか、さらに新録の歌曲が5曲収録され、豪華な2枚組になっています。(ソナタのほうは『Schubert: Piano Sonatas 17 & 19-21』としてまとめられました。)
アメリカのiTSでは、2枚組にもかかわらず$9.99で入手できます。iTunes plusで、デジタルブックレット付き(特に歌詞のあるものに関してはブックレットは大事です)。日本のiTSでも1500円でお買い得!
すでにアンスネスのソナタのアルバムを4枚とも持っている人にとってはエキサイティングなリリースではないかもしれませんが、ボストリッジファンでありながらこれらのアルバムを敬遠してきた(僕のような)人にとっては大変嬉しいリリースです。
軽くググるとBBCのレビューページがひっかかりました。ほとんど既出の録音まとめただけのアルバムにもかかわらず評価は好意的です。そこから少し引用。
All are delivered with everything you would expect from Bostridge and Andsnes in their Schubert performances; from Bostridge you have intelligent word painting, effortless sense of line, langorous [sic.] phrasing, and a vocal quality that is as sonorous in the upper register as it is mellow in the lower. Andsnes more than accompanies, he pushes the beauty and depth of the piano writing to the fore, whilst never unbecomingly stealing the show.
このアルバム全体が、ボストリッジとアンスネスによるシューベルト演奏にリスナーが期待するであろうすべてに答えている。ボストリッジからは、理知的な言葉の彩色、優美な旋律のセンス、物憂げなフレージング、そして高音域において響き渡るほどに、低音域においては豊かにまろやかな声。アンスネスは単なる伴奏者以上の存在であり、ピアノ書法の美と深みを前面に押し出すが、決して無作法に主役の座を盗んだりはしない。