07/28/2008

『日本人の英語』 マーク・ピーターセン

著者のマーク・ピーターセン氏は、ワシントン大学大学院で日本文学を専攻した後、東京工業大学で正宗白鳥を研究、現在は明治大学政治経済学部教授という肩書きであるが、日本の大学受験生の諸君には、旺文社の『徹底例解・ロイヤル英文法』の英文校閲担当者としてよく知られているであろう。(この文、なんとなくトーンをそれっぽくしてみた・笑)

本書はピーターセン氏が『科学』という雑誌に“Mark Remarks”というタイトルで書いていた連載を、加筆・修正の上まとめたもの。著者本人の言葉によれば、この本の主眼は、「英文に内在する論理がいかに構造的に支えられているか[…]を考え、英語と日本語の構成と論理の違いからくる日本人の冒しやすい間違いを例として吟味する」(p.7)こと。

英語学習大国日本(苦笑)のことですから、類書は多数あると想像しますが、僕がこの本に好感を覚えたのは大きく次の三点です。まず、(1)非常に論理的・合理的な観点から議論がなされていること、(2)個々のトピックが簡潔に、効果的・実際的な例文を取り上げて書かれていること、そして(3)重要なものから順に並んでいるということです。

英語が苦手な人の中には、外国語は結局のところ不可解なルールの暗記が勝負、だから私には無理、と思い込んでいる人も少なからずいるのではないでしょうか。確かに日本語と英語(印欧語一般)の違いは大きく、外国語能力が「勝負」になるようなシチュエーション(主に受験)では、暗記力で差がつくこともあるかもしれません。

しかし、こういう本を読むと、一見無秩序で不気味でとてもなじめない(alien, unheimlich)ように思われる英語の表現やルールにも、一定の整合性をもった説明がつけられる、ということがわかります。もちろん、ルールを知ることと言語を理解すること、そしてそれを使えるようになることは別の次元にあることですが、言葉というものは全くランダムになりたっているものではない、と認識することは重要だと思います。

ピーターセン氏の議論は(英語をある程度習得している僕のような読者からすると)とても痛快です。日本の大学で教鞭を取り、学生だけでなく同僚の使う奇妙な英語を観察、添削してきた著者の例文はとてもリアルです(著者が実際に遭遇した日本人の奇妙な英文も幾つかとりあげられています)。少しでも英語を教えたことがある人ならば、「この間違いあるある!」と感じるところが多いでしょう。

僕は英文法の理論には決して明るくはないから、間違った英語をみても、なにかが不自然であるとか、そんな表現はまずないということはわかるのですが、具体的にどういう理由でどこが間違っているのか、なぜそのような間違いが起こるのか、どうすれば直せるのかまでを他人にもわかるように説明することは難しいことが多いです。この本では20章にわたってまさにこのような解説が、しかも日本人の英語学習者にとってとても重要なトピックに関してなされているわけで、その意味では、英語を教える側としても学ぶところが多いです。

ピーターセン氏の文章は正確かつ明瞭で、日本語が彼にとっては外国語であることをほとんど忘れさせてしまうほどです。それでも、彼のウィットに富んだ文体と竹を割ったようなフランクな物の言い方は“アメリカ的”であると言えます。例えば、間違った英語の例文の議論では、「こんな英語は存在しないから、こういう文を読むと読者はイライラする」、「こんな表現は論理的にありえない」、「この英語は間違っているから訳すのは難しいのだが、無理矢理日本語にすればこうなる」などという遠慮のない表現が頻出します。こういった直接的な言い方を、読者に不快感を与えることなく読ませる筆致には感心します。

7、8、9章では重要な前置詞を使った慣用的表現が扱われていますが、ここでの議論も「慣用表現のほとんどの場合は論理的根拠も明確にできている」(p.57)という信念の下に展開されていて、実際その説明はとてもわかりやすく、成る程そう説明すればよかったのか、と思わせます。例えば、“put me off”と“put me out”の違いを説明できますか? "Why don't you come over sometime?"と"Why don't you come around sometime?"ではどのようなニュアンスの違いがあるでしょうか? こういうことにも一応合理的な説明がつくということです。

重要な話題から順に書かれているというのもこの本のいいところで、(薄い本だから簡単に読めてしまいますが、それでも)全部読めないという場合は最初から読み始めていけるとこまでいけば一応は安心できる、ということです。

一番重要なトピック、つまり最初の数章はやはり冠詞と数に関するものです。英語と日本語で最も考え方が異なるのが冠詞と数であって、しかもここに「英語の論理の心」(p.8)があるのだから、数章に渡って最初に詳しく議論されているのも当然と言えます。

冠詞の正しい使い方というのは本当に難しく、僕も未だに上手くできるとはいえません。アメリカの大学でも、冠詞の微妙な使用法には明快なルールはないから、日本人の僕が間違えるのも無理はない、と、ほとんどの教授は甘く見てくれます。かの名著『英文法解説』でも、江川泰一郎氏はCloseという英文学者の
"'Give me a simple rule for using the articles, or the tenses' is asking for the impossible."(「冠詞と時制の使い方のシンプルなルールを教えて下さい」というのは到底不可能なお願いである。)(§90n, p.129)
という言葉を引用しています。

ピーターセン氏にしても、冠詞と数が完璧に使いこなせるようになる魔法のルールがあるというわけではなく、概念的な考え方の解説に集中しています。実際、第6章冒頭では、
a、the、ゼロ冠詞の使い分けに関してのルールは、結局のところ一つしかないと言ってもよいと思う。それは「冠詞の使用不使用は文脈がすべて」というものである。(p.48, 太字原文)
と書いています。こんなルール、あったってなんの役にも立たない!と思われるかもしれませんが、この本の前半には、ここでいう「文脈」のなんたるかが解説されているのです。

ピーターセン氏の冠詞と名詞に関する見解は、端的にいうと、冠詞を名詞につけるという考え方は非論理的であり、冠詞はむしろそれに続く名詞にさきだって、その概念カテゴリを規定するものである(つまり、名詞に冠詞をつけるのではなく、冠詞に名詞をつける)というものです。僕としては非常に納得のいく考え方で、「その発想はなかった」と膝をたたく思いです。

論理的、合理的に書かれている、と書くと、「なんだか難しそう…」と反射的に感じてしまう人もいるかと思いますが、読むのは全然難しくないです。ヱビスビールの缶に“YEBISU, THE LEGENDARY CHARACTER, BRINGS YOU A GOOD LUCK”というチンプンカンプンな英語が書いてあってその度に落胆していたけれど、それが87年のある時に正しく直された(冠詞の“a”が消された)のをみて「日本は、まだ望みがあるのではないかと思った」などというおもしろいエピソードがたくさん書かれています。

この人は本当に英語と日本語と、どちらも好きなんだなぁ、と思わせます。やや古い(岩波新書での初刷りは88年)ですが、今でも充分おもしろいでしょう。

posted by Yuuki at 03:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | On Language
Comments to this post
おおーおもしろそうですね。読んでみたくなりました。
Posted by はっせ at 07/30/2008 14:26
>はっせ
うん、おもしろかいよ。続編もある。こっちは目次しかみてないけど。こういう本は当たり外れが多いけど、古本屋さんにかなり手頃な値段で散らばってるよね。
Posted by Yuuki at 07/31/2008 22:19
Post a comment
Name: [required]

Email:

Web:

Comment: [required]

Code: [required]


*画像の中の文字を半角で入力してください。
*Please enter the word in the image.


“Preview”で確認後、“Submit”で投稿して下さい。
TrackBack URL for this post
http://blog.seesaa.jp/tb/103722547

Trackbacks to this post