で、知らないうちに今年の漢字(日本漢字能力検定協会が公募で決定)が発表されていたのですが……いやぁ、驚いたことに、今年の日本の世相を象徴する一字、「愛」だってさ。
意表をつかれたけど、なんだか、“Despite all”という感じで逆に潔い。「今年の漢字」って、いつも暗いニュースばかり思い起こさせるものが多いイメージだったので(「毒」とか「災」とか)。
漢検協会のウェブサイトによれば、今年は
身近な「愛」から世界規模の「愛」まで、「愛」を育む大切さを感じる中、「愛」が足りない事件が多発した年だったそうな。スポーツ界の「アイ」ちゃんも貢献したようです。
災害や犯罪の方が記憶にヴィヴィッドに残るのは動物として当然のこと。だからこそ、そういったイメージを押しのけて、太く強い「愛」の字を揮毫することが人間らしいことに思える。いや、これ真剣な話ね。
「愛」と「恋」の違いって、中学生くらいの子どもたちのお気に入りのテーマだと思うけど、こんなのはどうか。つまり、「あなたがここにいないということ(Absence)の不安が、あなたがここにいるということ(Presence)の安心を上まっている状態が恋。対して、あなたがここにいるということの喜びが、あなたがここにいないということの悲しみを上回っている状態が愛」(さりげなくBarthes風?)
なんて書くと失笑を買うかあきれられるかどっちかだと思うのだけども、宗教哲学にとって愛をどう語るかは非常にクリティカルな問題だと思う。キリスト教だけではなくて。ヴィトゲンシュタインじゃないけど、梯子を捨ててからでないと考えられないサブジェクト。それをどう学術的なジャーナルのページ上で議論するか(できるか)、ということが問題では?
日本語の「愛」って言葉のステータスは明らかに高すぎるけど、英語の「I love you」ではカジュアルすぎる。綱渡りのようなバランスで立ちながら、言葉の弾丸でいかにこの概念を撃ち落とすか。神は「世界(Universe=Creation)」をもって愛を語ったのかもしれないけれども、さて我々人間はどうやって愛を語るのか?
イタリア産スパークリングワインを飲みながら、ほろ酔い加減でお送りしました。
Current music: Fantasie pour Guitare (de Breville), from "Lumieres" (Kaori Muraji)