やっぱり大学関係でそういうことが多いんだけど。例えばFerreira教授がプリンストンにいた時Walter Kaufmannがまだいたとか、Megill教授はコロンビアでJacques Barzunに師事していたとか。考えてみればフォークナーが死ぬまでうちでオフィス持ってたってのも結構すごい。ハーバードとか東大くらいになってしまうと逆にこんなことは日常茶飯事なんだろうけど。
でも哲学者や詩人なんかは特に、本からくるイメージがすごすぎて、それを書いた人が普通にご飯食べて生きてる人間だ、って感覚がなくなってくるっていうか。哲学のサブジェクトそのものは歴史とほぼ完全に切り離されてるし(アリストテレスとG. E. ムーアを同じまな板で扱う、ってこと)。つい先日P. F. Strawsonが亡くなったときも、正直「え、コンテンポラリの人だったの?」って思ったし。
まそれはいいとして。これは昨日HAPでJon(教授)が教えてくれた話。最近このクラスでヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を読みはじめたのだけど、知っての通り彼は八人兄弟の末っ子として産まれた。兄のうち3人はルードヴィヒが小さい頃に自殺してしまったけども、すぐ上の兄、ポール・ヴィトゲンシュタインは音楽を志して立派なピアニストになった。
彼は一次大戦で右腕を失ってしまったので、その後ラヴェル、プロコフィエフ、ヒンデミット等に左手だけで演奏するため作品を委嘱したことでも有名(僕もラヴェルの左手のための協奏曲は大好き)。
さて、ピアニストとして国際的に活動していたポールはやがて渡米し、自分よりもずっと若い女性と結婚、一人の娘をもうけた。そしてなんとこの娘(Joan=ジョーンという名前らしい)が、僕の通う大学U.Va.のあるこのシャーロッツヴィルの街のどこかに住んでいる、という。
つまり、哲学者ヴィトゲンシュタインの姪がこの街にいる、ということ。しかもJonの話では、数年前まで彼女は夫と古本屋を営んでいたそうな。
Jonは一回彼女に会って話をしてて、それによれば、ジョーン自身はヴィトゲンシュタインには小さいころに二度しかあったことがないとのこと。ただ、ヴィトゲンシュタインは晩年に一度まったくの予告無しに兄ポール夫妻の家に訪れるために渡米し、しかし留守だったので何もせずに帰ったということがあるので(どう考えても常人の行動ではないけど)、この時彼らが在宅していれば三度目の面会になっていたはずだけど…。
うーん、でもとにかくヴィトゲンシュタインなんていうほとんど神格化されつつある人間の家族がこんなに身近にいたとは。不思議な感覚です。Jonによれば、彫りの深い特徴ある目元なんて叔父に結構そっくりだったそう。でも彼女、『論理哲学論考』について話すのは好きじゃないらしい(笑)。そりゃそうだ、なにしろ何が書いてあるんだかわからないわけだし。
Current music: Éclairs sur L'Au-delà... VIII. Les Étoiles et la Gloire (Messiaen) by Simon Rattle (cond.)/Berlin Philharmonic Orch.