少なくとも、まだmixiを利用してない友達に何のためらいもなく「招待するからやりなよ〜」なんてことは言いづらくなった気がします。もちろん「なんとなく性にあわないんだよね」っていう人もたくさんいるのも理解できることですが、SNSとしては基本的には利用者は多いほど良いわけで。
で、まあいろんな「不祥事」がちょっと立て続けに起きたってんで、運営事務局が「mixi ご利用上の注意事項」という、まあ「よくある質問」的なページをリリースしたんですけど、これを読んで僕はいささかびっくりしてしまったわけです。
というのも、この注意事項、なんだか対象年齢がすごく低いように感じるんですね。言葉遣いは丁寧で、でもどことなく「注意する」というよりは「諭す」ようなトーンで、書いてある内容としては「Yahoo!きっず」のこのページなんかと同じ次元の、本当に基本的なことなんだよね。
これを読んでまた一つ日本の「お子様文化」を感じたというか。もちろんこの「注意事項」そのものを批判しているわけじゃなくて。むしろ最近の事件に対する反応としてはこれは至極当然なものだと思うし、ユーザはもちろん目を通すべきだと思う。
ただ、いろいろ興味深いことがあるってこと。今までにも何回か書いたけど、インターネット上でどうやって「コミュニティー(共同体)」らしきものが形成されて、そこで「ルール」がどうやって決まっていくのか、っていうのは倫理学的にすごくおもしろい研究対象だと思うんだよね。ハバーマスがもうちょっと若かったらそういう研究をしたかもしれない(しなかったかもしれない・笑)。
* * *
この話題と関係あるのかないのか、ありそうでないのか、なさそうであるのか、とにかく定かじゃないけど、最近こんなニュースを読みました。
「なれ合い型」学級崩壊が急増 「反抗型」影潜め 一見和やか 先生は友達…まあオリジナルを読んでもらうと手っ取り早いんだけど、つまり今までの学級崩壊で一般的だった“管理重視で指導好きの教師に一部の子供が反発、それが広がっていく「反抗型」”に比べて、“優しい教師による友達感覚の学級運営が瓦解を招く「なれ合い型」”が多くなってきてるっていうこと。んで、僕が注目したいのはこの「なれ合い型学級崩壊」の特徴なんだけど、記事によればプロセスはこんな感じらしい:
子供の教師への反発が広がって学級運営が立ち行かなくなる「反抗型」の学級崩壊が影を潜める一方で、友達感覚の優しい先生とのなれ合いの末に秩序が崩れる「なれ合い型」の学級崩壊が都市部の小中学校を中心に急増していることが、都留文科大学の河村茂雄教授(心理学)の調査研究で分かった。
年度当初、保護者は「自分の子供は受けいれられている」と感じ、教師との信頼関係が築かれる。だが、内実は先生と個々の子供の関係ばかりが大切にされ、集団としてのまとまりに欠けている。教師は友達口調で子供に接し、子供に善悪を理解させず、曖昧(あいまい)な態度を取ることが多い。まあ太字は僕が加えたんだけど、このあたりになにかmixiの状況と関連性はないかなぁ、ってちょっと考えてるんだけど。mixiには参加者を統率する「教師」役の人は直接的にはいないわけだけど、「ルール」という意識が非常に薄いのは共通してると思う。それが参加者が当然と思い込んでいる「自分がそこでどのように他人に扱われるか」っていう期待(expectation)と食い違ってくる、っていう。どうでしょう?
学級のルールが守れなくても「今日は仕方がない」などと特例を設けたり、私語を許すなどルール作りがおろそかになり、子供側には「ルールは先生の気分次第」という空気が生まれる。やがて教室内には、教師の気を引く言動が無秩序に生まれ、「あの子がほめられて面白くない」「先生は私と仲良くしてくれない」などの不満が噴出。告げ口が横行し、学級の統制が取れなくなる。
* * *
僕がこの二つの問題でカギだなと直感してる要素は二つあって。一つはレトリック、つまり「言葉遣い」で、もう一つはもちろん「匿名性」。
言葉遣いがコミュニケーションの内容に与える影響ってのは甚大なもので。もともとレトリック(修辞学)っていうのは同じ内容のスピーチを言葉の修飾をもって実際より強く見せる技術(craft)のことだからね(ちなみにソクラテスが裁判にかけられた一つの原因は、彼は弟子達にレトリックを教えて嘘の論理を正しいかのようにみせかけている、って原告の人達が考えたから)。
mixiの「注意事項」や、参加者の日記やコミュニティーでの言葉遣い、それから学級崩壊するクラスの教師の生徒に対する言葉遣い、生徒の教師や他の生徒に対する言葉遣い等々…注意して観察すればなにかわかると思うんですがねぇ。
「匿名性」ってのはさらにおもしろいかも。学校のクラスってのはまさに匿名性の反対で、全員が全員を知ってるし、なにか起これば誰がそれをやったかなんて比較的簡単に知れる。それは生徒達も完璧に理解してるわけで、それは彼らがどう行動するかに強く影響する。
mixiは正確に言えば「匿名」じゃなくて「半匿名」だから、問題はより複雑だと思う。これは「匿名性」が問題になりうる他のコミュニティー、つまり2ちゃんねると比較して考えるとおもしろいんじゃないかなぁ。
* * *
一つ実際的な問題を挙げると、これはまた「お子様文化」とも関わってくるんだけど、ここ最近一般に「集中力」というか「我慢する力」が低下してるってこと。
今の子どもは人の話がよく聞けないっていうけど、長い話に耐えられない、ってのがあると思うんだね。とにかく同じ場所にじっとしていられない、テレビやいろんなメディアの影響で、とにかく次から次へと刺激をもらってないと我慢できない、まさにインスタントな時代の弊害なわけだけど。
それはmixiでは端的には書き込みの長さに表れてると思うんだね。日記にせよ掲示板にせよ、まあ一度に三段落(原稿用紙70%くらい?)も書けば、「長くなってすみません」とか書くのが礼儀になってるように感じる。
これにはもちろんいろんな原因が考えられて、ちょっと長い文章を我慢して読む力が低下してるってのはその一つだと思う。で、これは間接的には携帯電話の普及の影響があると思うんだね。携帯では悠長に長い文章書いてられないからね。
それから、自分の書いていることに自信がなかったり、もしそれが他人に「長いな、退屈だな」と感じられたら嫌だな、っていう心理もあると思う。ものすごく大げさに言えば、表現することを恐れているわけ。読む価値があれば少しくらい長くたって読めると思うんだよね、mixiの利用者の年齢を考えれば。んで、もしそれが自分の興味のあるトピックだったり、友達が書いた日記だったりすれば、それだけで読む価値はあると思うんだよね。
僕のブログの記事は特になんの価値もないけど、他のmixiユーザの日記と比べて長さだけは異様に長いから、誰も読まないのも納得できる。この記事だってここまで読んでる人はそういないと思うんだよね。我慢して読んで!っていうつもりはもちろんまったくないけど。これは自虐というか客観的な観察なわけですが…
* * *
まあとにかくこんなふうに一歩離れた立場からあれこれ言う分には無責任でいいんだけど、実際にインターネットを利用する者として常に考えてなきゃいけない危険性というのはやっぱりあるわけで。
僕もたまにだけど「う〜ん、それってここに書くべきなのかなぁ、だいじょうぶなのかなぁ…」と思うような日記をmixiで見かけるとそういう風に思うわけです。現段階では、mixiも結局「たかが」インターネットなわけですから、そんなところで起こった問題に人生ふりまわされちゃたまったもんじゃないわけです。ほんと、気をつけたいですねっ(誰に言ってんだか)。
でも600万人ってどんなもんよ?って思う時もあります。MySpaceは1億600万(!)らしいですし、600万人って宇多田ヒカルの「First Love」買った人より少ないじゃん、って(笑)。
「プライベートな領域」ってのはおもしろい表現だと思います。インターネットっていうヴァーチャルな“Space”をあたかもリアルな“Place”のように勘違いしてしまうってことですね。う〜ん、それはおもしろい。この考え方だと、日本人の性というより、モダニティの産物、って言ったほうが近い気がします。