本来ならば、一年を振り返って来年はもっと良い年にしよう!という記事を書くべきです。でも自分の一年を振り返ると、果たして僕は今年も一体何をやっていたんだろう…なんて暗い感じになってしまうので、それはやめます(はぁ…)。
で、じゃあこの一年間で聴いてきた音楽でも振り返ってみるか、と思いついたわけです。コンサートも結構行ったし、CDも結構聴いたし…改めて考えてみると今年ははっきり言って凄かったです。
思えばチック・コリアやカート・ローゼンウィンケルを観たのも今年だったし、なんと言っても夏にヒラリー・ハーンのコンサートに行けたのは一生の思い出です。つまりもう死んでも良いってことです。まぁその前は死んではいけなかったということではありませんが。
よく考えるとヒラリー・ハーンに開眼したのは今年の春の話でした。なんという奇跡。すべてに感謝。他にも、内田光子やエレーヌ・グリモー、それからピョートル・アンデルジェフスキを聴きはじめたのは今年です。
J-Popでは東京事変、スガシカオ、それからYUKIなど。ジャズだと一番大きいのはジム・ホールかな。
クラシック音楽の個人的なトレンドを大まかに振り返ると、今年の初めは生誕250年のモーツァルトがブームで、初夏にシューベルトの波がきて、秋から冬にかけてはブラームスがキテます。ベートーヴェンが抜けてますけど、大体クラシック音楽史の流れに沿ってますね。(ところでショスタコーヴィチは生誕100年でしたが全然聴きませんでした。ちょっと残念。)
結局、聴くのは今年はクラシック音楽の割合が多かったです。でも、先日後輩の大学のジャズバンドの定期演奏会で久しぶりにビッグバンドを聴いて感じましたが、来年はジャズをもうちょっと聴きたいな。でもジャズを聴くと自分のヘタクソさが嫌になるし…
音楽についてもうできれば何も言いたくないです。傲慢で知ったかぶりで音楽を知らない僕にはそれは無理でしょうけど(はぁ…)。音楽を本当に知らない、つまり楽器の演奏ができない人に限ってぺちゃくちゃ音楽について語りたがる。僕はその典型です。本当に音楽を知っている人は、音楽を「する」こと(=演奏、作曲、そして練習)に忙しくて語っている暇はないわけです。そういう人達は美しいし、カッコイイ。
* * *
「音楽に感動する」ということがどういうことか知ってるなんてとても言えませんけど、昔よりは音楽が「直接的」に聴こえることがあります。
聴いていて涙がでてくるくらいなら構わないのですが、最近では、心が内側から捻られて、あらゆる力が搾り取られて…うまく言えませんが、持っているものも全部捨てて、やっていることを全部やめにして、もう何もいらないし、もうこれ以上生きていたくない、と聴いていて思うような作品が幾つかあります。聴くのにも甚大な集中力が必要ですし、正直言って怖くて聴けません。
例えば、ブラームスの「ピアノ五重奏曲へ短調作品34」はそんな音楽です。今年の秋にライブで聴いたのですが、死んでしまうかと思いました。音楽ってなんなんだろう、と。あの時死んでしまえば良かったのかもしれませんが。
クラシックでは他にもラウタヴァーラの作品とかイアン・ボストリッジの声を聴いているとそういう瞬間が度々あります。それから、最近聴いたものではキース・ジャレットの『カーネギーホール・コンサート』がそういう作品です。これはまだ実は一回しか聴いていないのですが、特に二枚組の内の二枚目は相当心の準備をしないと聴けないです。次に聴くのは果たしていつになるか…。
音楽が僕を殺す日は、くるのでしょうか。
* * *
もちろんそんな日は永遠に来ません。音楽は決して僕を殺せない。音楽は誰も殺せない。それが音楽の最大の奇跡で、最大の運命で、最大の苦しみです。音楽はピストルではない。音楽は言葉でさえない。
だから、音楽が僕を殺す日は、永遠に来ません。それが一番の問題なのです。なんということでしょう! 音楽! 瞬間に永劫を切りつける、神と悪魔が握りしめた透明なナイフ!
音楽を聴く時、僕は独りきりです。僕の言葉を誰かと共有できないのと同じで、僕の聴く音楽を誰かと共に聴くことはできない。僕は21歳になり、残り半分となった人生を、音楽を聴きながらすり減らしていくのでしょう。ゆっくり、独りきりで、僕を殺すことのできない音楽に、何度も何度も繰り返し、殺されながら。
12/30/2006
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