05/30/2007

CM音楽アレンジの妙(キリン生茶「醍醐味」)

僕はどちらかと言えば伊右衛門派なのですが、キリン生茶の新商品「醍醐味」のTVCMがとても印象的なのでそれについて少し。

というのも、このCM、BGMがチック・コリアの「Spain」という曲のアレンジなんです。チック・コリアはもう長いことアメリカのジャズの牽引車的な役割を果たして来た大御所ピアニストで、「Spain」は彼がReturn to Foreverという自身のフュージョン・バンドのために作曲して、その後スタンダードになった名曲です。

タイトルからも想像できる通り、チック・コリアの原曲はスペインのクラシック作曲家ロドリーゴのギターとオーケストラのための「アランフェス協奏曲」(中学校の音楽の時間でも鑑賞される作品です)の緩徐楽章の引用で始まり、アップテンポの主部はトリッキーなヨーロピアン・ラテンのリズムと熱っぽいメロディーでなんとも¡ole! (オーレ!)な感じの曲です。

そんな曲を敢えて日本茶のCMに起用した、という点がおもしろい。直感的にはなかなか結びつきそうにない組み合わせなのですが、実際CMで使われているヴァージョンはストリングスを大胆に使ったアレンジで、これが高雅かつ清廉な雰囲気を見事に演出しています。「醍醐味」の深く、それでいてしつこくない味わいが伝わってくる出来になっています(飲んだことないのに書いてみる・笑)。

原曲の(semanticな)イメージだけに捕われていては、このようなチョイスは難しかったでしょう。作曲の背景を意識的に忘れて、音のつくる抽象的な印象だけを聴く、というのがCM音楽の妙だといえます。(これは同時に作曲におけるアレンジの重要性をも示唆しています。喩えて言うなら、お寿司を白い皿に盛りつけて、醤油をデコレーション的に使い、フランス料理としてだしてしまうような技がもとめられるわけです。)

最近は『のだめカンタービレ』のテレビドラマのエンディング曲にも起用された、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」も、CMでよく起用されますが、この作品もなかなか意外な組み合わせで使われることがあります。

最近では新丸ビルのグランドオープンのCMにこの曲が使われていますが、これはCMの内容と原曲のイメージが一致している例と言えます。ガーシュウィンは「ラプソディー」において、クラシック音楽のオーケストレーションとアメリカの民族音楽としてのジャズを融合した“シンフォニック・ジャズ”という新しいジャンルを開拓しようと試みていたわけで、新時代の幕開けを告げるかのようなゴージャスなブラスアレンジは新丸ビルグランドオープンにもふさわしいです(実際「ラプソディー」は1924年に「An Experiment in Modern Music」というコンサートで実験的なアヴァンギャルド音楽として初演されたのでした)。

ところが、セブンイレブンはこの作品をなんとおでんのCMに起用したのです(「CMギャラリー」の右上・音量注意)。

第一次大戦終戦のすぐ後、ウィーンではシェーンベルクがドイツ音楽の権威を守るために12音技法を開発していた頃、アメリカ人作曲家たちは、彼らの音楽のアイデンティティーは一体どこに見いだされるべきかという問いに真剣に立ち向かっていました。その一つの答えを示した、正にジャズ・エイジのアメリカン・ドリームのシンボルともいうべき「ラプソディー」を、まさかおでんのCMにもってくるとは…。

いや、これは批判してるわけではまったくなくて、むしろその奇抜さ、思考の柔軟性が斬新な驚きをつくり出していて新鮮だ、ということが言いたいのです。有名な“どこかで聞いた”名曲を起用したところで、その作品がつくられた時代背景まで知っている人など圧倒的に少数派なわけですから、音そのものがどのようなイメージを喚起するのか、それを注意深く聴く能力がCMディレクタには求められる、ということです。

CM音楽は時には非常に強烈に印象に残ります。思い起こせば坂本龍一の「energy flow」ももともとCM曲だったわけですし。で、CMがきっかけで原曲が好きになってくれる人がいればそれは喜ばしいことなのですが、逆にCMのイメージが曲にまとわりついてしまうこともあって、それは少し危険かもしれません。

例えば、チャイコフスキーの弦楽セレナーデの冒頭を聞けば、”オー人事”のシュールなCMを思い出す人がたくさんいるでしょう。また、大バッハの有名なト短調の小フーガのメロディーが替え歌で育毛メーカーのCMに使われたこともありました。さらには(これは僕の高校の先生に聞いた話ですが)、トイレの消臭剤か何かのCMでマタイ受難曲の有名なコラールが使われていて、曲が今まさにクライマックスに達する、というところでプツっと切れて、トイレの水が流される、という演出もあったそうです。

これらのCMを原曲を聴くより先に見てしまった人達は、なかなかその第一印象をぬぐい去ることはできないでしょう。それって、ちょっと運の悪いことかもしれません。なんだかなぁ、と思ってしまいます。

posted by Yuuki at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | On Aesthetics
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