01/07/2008

モーメント・フレーム・ミュージック(ムンク展レヴュー)

(ムンク展. Edvard Munch: The Decorative Projects. 国立西洋美術館. 2007年10月6日―2008年1月6日)

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上野公園の国立西洋美術館で今日まで開催していたムンク展を観てきました。開館直後に入りましたが、やはり最終日ということでかなり混雑していました(さすがにダリ展ほどの熱狂ではありませんでしたが)。

《叫び》があまりに有名なせいか、ムンクが好きな画家の一人というだけでなんとなくミーハーに聞こえてしまいますが、僕は大学一年の時に心理学の教授によるムンクに関するレクチャを受けてからこの画家には結構興味があります。

二年前にはニューヨークのMOMAで『Edvard Munch: The Modern Life of the Soul』と銘打たれた結構な規模の回顧展を観るチャンスがあって、詳しい感想は別の記事にまとめてあります。その時は、ムンクの作品群に、T.S.Eliotの“感受性の分裂(dissociation of sensitivity)"という表現に集約されるような現代の不安(modern anxiety)を強烈に感じたのでした。

さて、今回の展覧会はそのような心理的・象徴的な側面ではなく、フリーズという形式に生涯こだわり続けたムンクの装飾画家としての一面をフィーチャしたものになっています。

これは非常に興味深い企画だと思うのですが、同時にとても難しいテーマでもあるとも僕は感じました。第一に、フリーズという形式をどのように展示するかという問題があります。「フリーズ(frieze)」というのは元々は建築で天井の近くの内壁に配置される幅の広い帯状の装飾を指す言葉で、ムンクのほとんどの作品もまた、特定の大きさの室内における特定の配置を念頭に描かれているのですが、そのような“空間”をそのまま再現する、というのは事実上不可能です。また、劇場や大学の講堂などの壁画として制作された作品群はもちろん移動させることができないので、これらのプロジェクトに関する展示はどうしても習作や構想スケッチが中心になってしまいます。

第二に、装飾芸術というものの歴史的重要性を知ることの難しさがあります。19世紀末から20世紀初頭にかけて衰退した印象主義・ポスト印象主義と、これらに替わって台頭した象徴主義および表現主義、さらにはこれを追ったいわゆるモダニズムの発生に至るまでの複雑な芸術史のなかで、いかに装飾という概念が(ヴァーグナーによって示唆された)総合芸術というジャンルとの関係のうちに再認識されていたか、ということを理解して初めて、今回の展覧会の真価を味わうことができるのだと思います。

これら二つの点は今回の企画の主題の核心に関わるものです。それなのに、ギャラリーの各セクションに配置された一般的な解説やオーディオガイドでは、これらの点に関する理論的・歴史的説明は十分になされていなかったと感じました。あれでは、フリーズを単なる“連作”程度のものと誤解してしまう人も少なくないと思います。また、独立的で他の諸芸術と隔離された絵画に対峙するものとして装飾芸術の意義についても、最低限の解説無しでは思いを巡らすこともできないでしょう。

(展覧会の英語のタイトルが「Edvard Munch: The Decorative projects」なのにもかかわらず、日本語のタイトルがただ単に「ムンク展」となっていることからも、主催者側の教育的コミットメントの不足が感じられます。)

それでも、例えばムンクの最も重要な作品群がフリーズという連作的・装飾的な単位の下で構想されていたという事実を知るだけでも、個々の作品を新しい観点から鑑賞する有効な手がかりになります。僕が今回気づいたことで特に衝撃的だったのは、ムンクの作品の多くが、その激しい感情の発露にも関わらず、一つ一つではいかに静的であるかということです。換言すれば、ムンクの画面からは物理的なダイナミズムというのが意図的に排除されているように感じたのです。

個々の作品の構図は「速度(velocity)の強調」ではなく、「位置(position)の象徴」という観点から捉えられているように思えました。例えば、《メタボリズム》(Metabolism, 1899-1903)や《中空での出会い》(Meeting in Space, 1925)、またオスロ大学講堂の《太陽》(The Sun, 1911-1916)など、それぞれのフリーズのプロジェクトの中で考えた時に、明らかに「中心」に据えられることを前提に制作されたと思われる作品があります。

ところが、ほとんどすべての作品において、上昇/下降、あるいは左右の移動といった動的な表現は抑えられていて、その代わりにどんよりとして粘度の高いまとわりつくような内的な感情の象徴が痛切なまでに強調されているのです。個々の作品において何らかの「ムーヴメント」が観察できるとき、多くの場合それは上下左右ではなく、手前/奥の方向軸においてです(例えば前述の《太陽》、〈労働者フリーズ〉の《疾駆する馬》[Gallopping Horse, 1910-1912]や《雪の中の労働者たち》[Workers in Snow, 1929]、また《建設現場の馬(オスロ市庁舎)》[Horse on the Construction Site (The city Hall), 1931])。

この傾向は《生命のダンス》(The Dance of Life, 1925-1929)という動的なタイトルを冠する作品や、3人の女性の姿が女性の人生の3つのステージを象徴していると解釈できる《女性、スフィンクス》(The Woman, Sphinx, 1893-1894)などにも見られます。

ムンクはなぜ一つのフレームの中で動きを表現することを拒んだのか。ムンクの作品群がフリーズという形式を前提として構想されたという事実を考えると、一つの有力な仮説が考えられます。すなわち、ムンクは絵画におけるダイナミズムを、個々の作品の内部に表現されるものではなく、ひとつのフリーズ内における作品間の関係をもって表現されるべきものだと考えていた。

一つ一つのフレーム内に描かれたイメージはモーメントに過ぎず、ダイナミズムは複数の作品の統合的な関係の下でのみ見いだされるものである。こう考えると、ムンクのもっともダイナミックな作品は、それ自体既にフリーズ的であるということがわかります。確かに、《メタボリズム》において転生のプロセスを象徴しながら中央のフレームを上下に貫く樹木のダイナミズムは、このフレームの上下に配置された横長の縁によって支えられていますし、僕のお気に入りの作品の一つである《マドンナ》(Madonna, 1895)では、妖艶なポーズをとる女性の周囲を精子のようなデッサンが取り巻いて、不気味なフレームを形成しています。

ここで、ムンク本人が〈生命のフリーズ〉が一つの作品として捉えられたときの効果を、異なる響きが交響曲を形成することになぞらえていることに注目すべきです。つまり、音楽におけるダイナミズム、すなわち時間性というものが、一つ一つのイメージの関係において現前するものとして理解されている。

ここでは詳述しませんが、これは非常にハイデガー的な考え方です。また、記号論的に捉えることもできるでしょう。すなわち、個々のイメージにおける範列的(paradigmatic)な関係(手前/奥のムーヴメント)は空間性を示し、複数のイメージ間における統語的(syntagmatic)な関係(フリーズ)は時間性を示している。(このあたりはこの春勉強する予定。)

当たり前のことですが、装飾芸術というのは装飾ですから、それが装飾しているものはなにか他にあるということになります。ところが、ムンクのフリーズを装飾作品として考えたとき、一体それが何を「装飾」しているのか、というのは案外に難しい問題です。

一般に装飾芸術というのはそれが設置される建築物の特徴にあわせて制作されるものです。装飾芸術家の仕事は、劇場、講堂、食堂、子供部屋、等々、与えられた空間に一体感を持って調和するような作品を創ることです。ところが、ムンクの〈生命のフリーズ〉の場合、先に建築物があったのではなく、それまで無意識のうちに制作してきた作品群が自然に、それらが一つの空間の中で生命のありさまのピクチャとして統合されるようなスペースを求めたのです。ついに完成することはなかったこのスペースを彼は「芸術の礼拝堂」と呼び、その構想を生涯追求し続けたのでした。

つまり、ムンクの装飾芸術が「装飾」しているものは、生命のありさまであるところの芸術そのものだったのです。ところが、ここまで考察してきたことをふまえると、「生命のありさまであるところの芸術そのもの」というのはフリーズという形式において現前する時間性に他なりません。

ただ、ここで非常におもしろいのは、ムンクの眼差しの先にあったこの時間性というものは、どうやら直線的(linear)にも周期的(cyclic)でもないようだ、ということです。ムンクは、自らのアトリエを使って一つのフリーズに属する作品の配置を何通りも試行錯誤しながら考えていたということです。このことが示していることは、フリーズに属する作品群には、所属という集合的なオーダーはあっても、順番という意味でのオーダーはない、ということです。別の言い方をすれば、フリーズ内では、作品群はconsequentialにではなくsequentialに並んでいるということです。それはつまり、フリーズによって顕在する時間性が物語りのような直線的な構造を持ってはいない、ということです。

かといって、ムンクが例えば仏教における輪廻転生のような時間の捉え方をしていた、というのも少し考えにくいのです。このことは、ムンクが晩年〈生命のフリーズ〉に匹敵する情熱を持って着手していた〈労働者フリーズ〉の核となるヒューマニズムにも示唆されていますし、何より《メタボリズム》の上枠が、もともと1903年には大きく枝をのばす樹木の群葉であったのが、最終的にはオスロの都市景観に変更されていることは、ムンクが「メタボリズム」という転生の果てになんらかの人間性の到達点のようなものを思い描いていたのではないか、ということをうかがわせます。(換言すれば、transformationからtransfigurationへの転回/展開。)

いずれにせよ、このように考えを巡らせると、表現主義や象徴主義の影響が色濃く観察されるムンクの絵画の内容に反して、その形式は同時代の芸術哲学(あるいはそこにみられるヒューマニズム)のはるか先を行っていることが示唆されます。このような考察は、ムンクを装飾画家として注目しなければなしえないものですから、その限りで今回の展覧会はとても有意義なものでした。

参照:
国立西洋美術館ウェブサイト
ムンク展ウェブサイト(東京新聞)
エドヴァルド・ムンク(ウィキペディア)

posted by Yuuki at 03:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | On Art
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