01/13/2008

冬の死

大学一年生の冬休み、僕は日本には帰らなかった。2005年が明けて新学期が始まる前夜、僕は(旧)ブログにこう書いている。

Getting my mind to the "study-mode" is much more difficult. Maybe I was never in that mode. Maybe there isn't any mode in mind. What key is this thinking in?

自分の頭を「勉強モード」に持っていくのはもっとずっと難しい。ひょっとしたら僕はそんなモードなったことなんて一度もないのかもしれない。ひょっとしたらモードなんてものは一つもないのかもしれない。この考え方のキー(調)はなんだろう?
二年生の時の冬休みの終わりには、鬱の波が来ると精神的な防衛機能が働いて、不安と自信が混じりあった奇妙な気持ちになる、と書いている。さらにそれに続けて次の一文。
Over the past six months or so, I realized that I wasn't very smart, at least not as smart as I had thought myself to be. And the next six months or so, I expect, will be an another, more critical test of my personality.

ここ半年間で、僕は自分がそれほど頭のいい人間ではないことに気がついた。とにかく、自分が考えていたほど頭のいい人間ではない。期するにこれからの半年間は、また違った意味で僕のパーソナリティに関するより重大なテストになるだろう。
この記事は「Départ」つまり“出発”というタイトルで、ランボーによる同名の詩からの引用で締めくくられていた。
Départ dans l'affection et le bruit neufs!

新たなる感情と騒音の中での出発!
去年の冬休みの後、二ヶ月ほどこのブログの更新は中断される。ヴァージニアに向かうフライト前夜に書かれた、中断前の最後の記事は日本語で書かれていて、「Adieu!」つまり“さよなら!”というタイトルがついている。
そしてあらゆる言葉は「さよなら」から逃れえません。凡ての歌、祈り、そして沈黙は、「さよなら」の残響であって、「さよなら」の予感です。さよなら! ああ、そして「さよなら」はすべてことごとく「永遠のさよなら」なのです。もう、再び会うことはない。風景とも、人とも、自分とも。(中略)そんな「さよなら」でさえも抑圧して、再会の約束を交わすこと…私の心はここで、ついに破綻してしまいます。
こうして振り返ると、冬休みの終わりにはいつも鬱蒼とした予感がたちこめていて、僕はそこで卑屈に虚勢を張っていることがわかる。

さて、今、ヴァージニアでの大学生活の最後の一学期を前に、僕はどういう心持ちでいるのか。悲しい夢を見ている時は何か考えてもいるはずなのに、目覚めて喋ろうとするとさっぱり忘れてしまっている、そういう感じ。

「終わり」ということに関しては最近も少し書いたけれど、僕は今「あと半分」という気持ちから「もう少し」というような気持ちへの過渡期にあると思う。大学院に入って博士号を取ったとして、その後自分がどうなっているのか、まったくわからない。予想がつかないという意味ではなくて、その後の自分を思い描けるようなキャンバスがない、ということ。

30を前に老衰することはない。体は健康ではないけれど、それまでに致命的な病気にかかるということも多分ないだろう。事故に遭う予定もない。とすると、理論的に考えて、終わり方は決まっているようなものだ。(もちろん、「死ぬ」というのと「終わる」というのは全然違うことだけれど。)

第一、大学院に入れるかどうかだって、甚だ怪しいものだ。事によっては、終わりの時期は意外にも次の曲がり角くらいまで迫っているという可能性もある。

(気休めにもならない無駄なことだけれど、図らずもそういうことのためのお膳立て、というか準備はだんだんと整ってきているように思う。それが僕の最初で最後の社会の福利への貢献になるかもしれないし、とにかく、それが何事もなかったかのように過ぎればいい、というのが僕のわがままだ。)

僕は何も持っていないから、何を求めることもできない。だから、生きるということはとても簡単なことだ。それが、生きることを絶対的に不可能にしている。

そんなことを考えていたら、今年の五月の終わりにある予定がどうやらできそうなことがわかった。(恐らくは欠席になるであろう)卒業式の後の話である。他人から見れば本当にどうでもよいことかもしれないけれど、そのことによって生かされているというのは、僕にとってはとても象徴的なことだ。そのことによって生きなければ、最早僕には希望はないのだろう。

勇気をだして、もう一度、帰ろうか。

posted by Yuuki at 16:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | Journal/Gibberish
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