先週mixiの日記キーワードランキングで「ヴァレンタイン」でも「バレンタイン」でもなく「Valentine」が一位になって、なんだか英語で綴ると逆に雰囲気が出ないなぁ、と思うと同時に、このキーワードランキングの胡散くささを再認識しました。
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あの『クイズマジックアカデミー』シリーズがニンテンドーDSに移植される、というニュースを読みました。2chの速報スレをざっと読んだだけでも、いわゆるクイズオタの他にも、ゲーオタ、アニオタ、声優オタ等、様々なリアクションがみられ、あらためてターゲット層の広さを認識しました。
僕は前にこのポストでマジアカがなぜパソコンに移植できないか、ということについて書きましたが、成る程ニンテンドーDSのタッチペン入力ならばあの「触って遊ぶ快感」も再現できます。
あとはWifi機能をどれだけ活かしきれるか、クイズの質と量をどう保つのか、オリジナルモードは、アーケード版との連動は…などなど、まあ僕は一歩、二歩離れた場所から興味深く見ています。
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東京マラソンってなんであんなに盛り上がってるの?
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土曜日はうちの大学の音楽科教授陣からなるFree Bridge Quintet(FBQ)の10周年記念コンサートでした。10年間のライヴ演奏活動の様々な瞬間を振り返るようなプログラムでした。
僕は4年間で10回近くFBQのコンサートを見ていますが、ジョン・コルトレーンやヘラルド・アーレンへのトリビュート、「カトリーナ」災害の直後に行われたニューオーリンズ・ジャズの特集、そして去年の春のライヴCD収録コンサートなど、感動的なライヴの数々を思い出しながら鑑賞しました。
残念ながら客の入りが普段と比べてあまり芳しくなく、演奏もドラムのRobert Jospéが一曲目からぶっ飛ばしていた以外はまあ驚くような新鮮さもなく、細かいミス(ソロの順番を間違えるとか)も少し見られて、最高、とは言い難いものでしたが、それもこのバンドを最初にみた時の感動を僕が過度に理想化してしまっているからなのかもしれません。
それでもやはりコルトレーンの“Naima”でのJeff Deckerのテナーは感動的でしたし、トランペットのJohn D'earthによる“Over the Rainbow”の変態アレンジはいつ聴いても素晴らしいものでした。(欲を言えばラテン系の曲を一曲くらいはやってほしかった。)
最後にアンコールで“Milestones”が始まった時には感慨深いものがありました。この春でFBQともとりあえずはお別れとなります。こんな偉そうな言い方だと失礼かもしれませんが、4年間良質のジャズを聴かせてくれた5人に感謝です。
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さて、FBQのコンサートの客入りが芳しくなかったのは、土曜日がヴァレンタイン・ウィークエンドだったからなのではないかと察します。恋人同士でジャズ・コンサートなんてのも洒落てるじゃないか、と僕は思うのですが、大学生は街にでてパーティしてダンスしてよろしくやっていたのでしょうか。
なんかそう考えると、この週末はやたらとカップルが目についたような気がします。だからどうしたって…まあ結局はうらやましいということなのか、とにかく(いつもよりも増して)ひきこもりの醜いルサンチマンでいっぱいの気持ちになります。
なぜ僕に恋人ができないか、といえば、その主たる理由は僕の「生活」、「性格」、「考え方」にあります(「容姿」を足してもよい)。この内最も変革することが難しいのが、僕にとっては「考え方」です。一見すると一番簡単に変えられそうな「考え方」が、僕にとってはほとんど不可能に近いほど変え難い。
詳しくは書きませんが、僕の「考え方」によると、友情も愛情もある種の宗教的な信仰無しには等しく不可能なものです。だから、僕には友達もいないし、恋人もいない。さらに言えば、友情と愛情抜きでは人間は人間足りえないとすれば、僕は人間ではない、ということになります。少なくとも「自己」ということは成り立たなくなる。
自分でもこれが過度にロマンティックな考え方だということは理解しているつもりなのですが、どうしてもそこから抜け出すことができない。だから、「人間失格」というのは僕に関する極めて適切な表現だと思うのです。
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ノーザン・イリノイ大学の銃乱射事件の犯人が元々は学部長賞を受賞するほどの優秀な院生であったという報道に対して、「成績がいいということと頭が良いということはまったく別のこと」というコメントがされていたのを見ました。
もちろんそれはそうかも知れませんが、大学院でやっていくためには、単に学部での成績が優秀なだけでは不十分で、人間としても相当にしっかりした人でないと院生としての生活は難しいであろう、とも僕は感じます。
事実、惰性で大学に入ってきたような学部生はそれこそ掃いて捨てるほどいますが、僕の見てきた院生は本当に人間として尊敬できる人ばかりです。知性と情熱と献身とをすべて持ち合わせた人間でなければ、学問の道を進むのは難しいでしょう。
これは実は僕の僕自身に関するこれからの不安でもあります。つまり、たとえこれからいくつかの大学院からオファーをいただいたとしても、一体僕という人間(あるいは非人間か)のままでやっていけるだろうか、ということです。少しばかり物を知ったような文章が書けるというだけで、精神年齢はいつまでたっても中二の僕が、大学院で学ぶなんて、よく考えると本当に大それたことができるのでしょうか?
ヒュームはこうも言いました。「君は哲学者であれ。ただし、君のすべての哲学の中で、なお君は一人の人間であれ。(Be a philosopher; but, amidst all your philosophy, be still a man.)」
02/19/2008
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