03/04/2008

太田さんの学生時代の話

部屋で、外で、食堂で、バスの中で、相変わらず爆笑問題のラジオを聞いています。

番組の中で太田さんが自分の学生時代の話をすることがたまにあります。ファンの間では有名なことですが、太田さんは高校3年間友達が一人もいませんでした。それでも、それで学校を休んだら馬鹿にされる、負けになる、という考えから3年間一日も休まず登校した、ということです。日大に入学した後はその反動で、破天荒を絵に描いたような生活を送りました。相方の田中さんと出会ったのもそこでした。

別に特別なことでもないし、特別に意味のあることでもないけれど、どうしても自分と太田さんを比べて考えてしまう時があります。僕は、ニューヨークでの高校3年間はたくさんの友達に恵まれて過ごしたけれども、大学の4年間は友達が一人もいないまま終わろうとしています。太田さんとちょうど反対です。

単純で、くだらない比較だとは思いますが、高校で友達が一人もできないことよりも、大学で友達が一人もできないことのほうが、ずっと始末が悪いし、人間として問題のあることだと思います。それは、例えば高校生活が社会的に惨めなものでも、大学入学と同時にやり直しがききますが、大学卒業後はもう社会生活なので、リトライするチャンスはないからです(大学院はもう学校ではないので)。

友達を「つくる」という言い方は非常に嫌らしいと思いますが、それでも、社会生活における他人との交流というものには、多少なりともスキル(つまりある種の計算)が必要になってきます。この、マニュアルのない微妙な“誰かの友人になる技術”を学ぶのが学生生活の一つの目的ではないかと思います。これに完全に失敗したという点で、僕は自分に人間として問題があると思っているのです(もちろん、この問題に真摯に向き合っていない、向き合えない、というのが一番の問題であるのですが)。

滑稽に思われるかもしれませんが、僕の頭の中では、いわゆる「友情」というものはある種の宗教的信仰無しではすべからく不可能であるという結論が一応出ています。僕はこの「宗教的信仰」をどうしても持つことができない。またはそれをバイパスして、直接に行動することができない。

簡単に、喩えて言うなら、僕はどうしてもある根本的な「疑い」を括弧に入れることができないのです。いろいろあるけど、まぁいいか、やってみよう、と言って、「見る前に跳ぶ」ことができない。もし今、こうしたら、何が起こるだろうか、という余計な考えがいつも邪魔をする。その一方で、自分が跳ばない限りにおいては自己批判は常に曖昧で、不完全で、自尊にまみれていてとにかく嫌らしい(このブログが良い例です)。

超越的な信仰を持つか、肉体的な直接性を行使するか。日本人で唯物論者である太田さんは、後者を無意識的に選んでいたのだと思います。

それは、大学生活の様々なエピソードに見られる無鉄砲な言動と途方もない行動力にもあらわれていますし、次の高校の修学旅行のエピソードからも明らかです。

皆勤賞を取るためだけに参加した修学旅行。自由行動班の他の面々に撒かれ、長崎の街を放浪してようやくホテルについた太田さん。持ってきた何冊もの本に没頭していたら、いつのまにか同級生はどこかに遊びにいってしまい、大部屋には誰一人いなくなっていて、太田さんは大きな旅行鞄の積まれた部屋の隅にたった独り取り残されていたそうです。

この熱情と集中力に、僕は強い感銘を受けます。周りの状況に脇目もふらず、自分の見ているものに全身全霊で取り組む、ということ。ここにはある意味で動物的な自意識の欠落があります。「自分」ということも忘れて、「行動」だけがある、という状態(ニーチェは『道徳の系譜』で、「I」つまり「doer」というのは後付けの作り物で、そこには「doing」があるのみである、と書いています)。

僕自身はこの、人間を人間たらしめている本質的な力を全く持ち合わせていないのです(あるいは失ってしまった?)。本を読むにしたって、「自分は本を読んでいる」ということを忘れて、または括弧に入れて、その物語の世界に入ることができない。音楽を聴く時でも、何かを考えている時でも同様です。

太田さんの大学時代のエピソードには、この情熱が溢れているように感じるのです。そこには世間的には不器用ともとれる一途な闘争がある。太田さんはその時のまま、今日まで考え続けてきているように思います。太田さんは考えるロマンティストなのです。

(奥さんの光代さんも、きっとそういうところに惹かれたのでしょう。二人のなれそめのエピソードは、「おのろけ」じみたところがなく、単純にうらやましい…。こたつの中で手をつないだりとか…。)

そして、太田さんは田中さんに出会えて本当に良かったと思います。立川談志師匠が見抜いた通り、田中さんほど「出来た奴」はそうそういないのです。このような、人生を決定付ける出会いを発見するのが、大学生活であるべきなのです。同性であれ、異性であれ、二人でどこか長い旅に出れるような友人を持つこと…

そのような輝かしい可能性も、僕には最早失われてしまった!

posted by Yuuki at 18:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | Journal/Gibberish
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