皆どうでもよくなってしまった。意味がなくなってしまった、というべきか。とにかく、それがどういうことなのか自分にとって不明瞭になってしまった。
僕が今まで生きてきて他人からもらった最も重大なアドヴァイスの言葉は、「何かを感じることは、悪いことじゃない」というものだ。これがどういうことか、基本的には理解していたつもりだけれど、自分が何かを感じるのも、自分だけでは無理だということが、最近になってわかってきた。
ラジオを聞くのもブログを書くのも、結局は「人恋しい」ということだ。そのことを意識するとますます虚しくなるばかりなので、考えないようにしているだけ。ところが、ラジオもブログも、僕の場合は一方通行だ。聞いたり、書いたりしているけれども、コミュニケーションは成立していない。
そして、どうして人恋しいか、といえば、それも結局自分勝手な理由によるもので、つまり、自分が何を感じているか確認して、自分という何かがいるということに安心するためには、他人とのコミュニケーションが必要、ということ。(これはパースやヴィトゲンシュタインが言っていることだと思うのだけれど、大して難しいことじゃない。)
感情そのものは、言葉ではない。けれど、感情を確認する、意識するためには、言葉が必要になってくる。ところが、言葉の意味というのはコミュニケーションを前提として初めて考えられることなのだ。
だから、独りきりでいると、「嬉しい」とか「悲しい」とかいう言葉が最早意味を成さなくなり、それがどういった事態を指しているのか不明になってくる。
例えば「あなたはネイティヴの人より上手に英語を書く」と言われた時、心の中でなんらかの反応が起こるということはなんとなくわかるけれど、それを「嬉しい」とかいう言葉にして肯定することが出来ない。端的にいえば、それは「嬉しい」ということを伝える人がいないからだ。「残念ながら、審査の結果あなたは不合格になりました」と言われた時も同様。
ボードレールは日記の中で「愛」ということを「自分の外側へ向かうこと、二人であることへの欲望」という風に表しているが、このくらい抽象的に考えると、コミュニケーションというものはすべて愛に基づいている、という結論になる(よって、アウグスティヌスの考え方が改めて肯定される)。
ところが、愛というものは宗教的な信仰抜きには不可能である、という確信が、僕にはある。ということで、コミュニケーションは本質的に宗教的である、という結論になる(よって、後期デリダの考え方が改めて肯定される)。ところが、僕はこの宗教的な信仰を持っていない。少なくとも自分ではそう考えている。
ニーチェはあらゆる信仰を否定したが、ある意味では彼ほどに宗教的だった哲学者はいない、とも言える。ニーチェは独りきりの信仰というものを成り立たせようとした。独りで生きていくためには、一度に神と獣の両方でなければいけない、と言った。哲学者だけが、神と獣の両方であると考えた。彼にはそのための勇気と知性とがあった。が、結果として彼は頭がおかしくなってしまった。
上の考え方によると、愛は一人では成り立たないから、ニーチェはこれも否定した。女は愛することしか知らない下等な生き物である、と、ツァラトゥストラの口を借りて強がって言った。ところが、その一方でニーチェは愛は生きることそのものであるという考え方にも取り憑かれていたように感じられる。
だから、ニーチェは愛を否定した代わりに、友情という曖昧な概念でごまかした。友情ということで孤独とコミュニケーションとを和解させようとした。それから、彼の「超人」という考え方は、愛を否定することで人生を否定してしまったので、なにか人生以上のものを持ってくる必要があったのだとも考えられる。
愛は生きることそのもの、生きることは愛そのもの、ということは今日では陳腐な表現であるが、キリスト教の考え方の根源にもあるもので、これは坂口安吾が「恋愛論」の示しているのと同様のことである。彼が「堕落論」で書いていることには、彼が茶番(ファルス)について書いていることと矛盾するように思える点が幾つかあるが、「恋愛論」によって二つをつなげることが出来ると思う。
ニーチェには孤独への勇気があり、坂口には恋愛への希望があったのだと思う。それらは、つまりは熱情ということだ。僕はそれを持っていないから、死んでいるも同然だ。僕は死んだ。僕がまだ生きているとすれば、それは僕がもう死んだからに他ならない。
03/06/2008
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