先週の水曜から日曜日にかけてインディアナ州のノートルダム大学を訪問し、大学院哲学科を見学してきました。集められるだけの情報を集め、今年の秋からどこの大学院に行くのか、最終決断を下す時がきました。イギリスのオックスフォード大学か、アメリカのノートルダム大学か。
哲学のアカデミアのことを知らない一般の人にとっては、オックスフォードとノートルダムとではとても比較にならないのではないかと思われるかもしれませんが、選択は想像よりも遥かに難しいものでした。詳しく説明はしませんが、自分なりにいろいろなことを考えた上で決めました。
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僕は、今年の10月から、オックスフォード大学大学院に進学し、哲学士号(BPhil)を取得するために勉強します。
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この哲学士号は、形式的には日本やアメリカにおける修士号(マスタ、M.A.)に相当するもので、2年間のプログラムです。日本の大学院でいう、「前期課程」です。
学位取得後は、イギリスでそのまま哲学博士号(DPhil)を目指すか、アメリカに戻ってきて哲学で博士号(Ph.D)を目指すか、どちらかになります。現時点では、どちらになるかまったく見当もつきません(On verra...)。ただ、BPhilだけではプロの哲学者としての仕事にはつけませんし、博士号のために日本に帰る可能性はほぼゼロといっていいでしょう。
オックスフォードのBPhilは、いろいろな意味で特殊なプログラムです。非常に高名な学位であり、修士レヴェルとしては英語圏のみならず世界でも最高峰だと思います。
ただ、BPhilは、ほとんど異常なまでに厳しいプログラムとしても有名で、オックスフォード大学内でも、経済学修士号と並んで最も取得が難しい学位とされています。
いろいろ話を聞いてみると、相当にMな人間でないと耐えられないのではないか、という気がします。少し説明します。
BPhilに入学すると、まず、自分の専門としたい分野を3つ選び、それぞれの分野で一人ずつ、合計3人の個人指導教師(tutor)に師事することを決めます。(僕は、Stephen Mulhallに宗教哲学と大陸哲学、Timothy Williamsonに言語哲学、そしてもう一人誰かカントをやっている人に師事したいと思っています。豪華すぎるメンツですが…)
最初の一年間、学生は、個人指導教師と二週間に一回ほどのペースで個人指導を受けます(このミーティングの時は、英国紳士らしく、お洒落な格好をしていく)。米国の大学と違って、クラスにいって講義を受けるとか、ゼミに入って数名で議論する、ということはさほど重要視されません(もちろん講義やディスカッションは活発に行われている)。基本的には、独りっきりで、本を読み、考え、ひたすら書き続けるのです。
一年目はこうしてひたすら勉強して、夏になると試験準備を始めます。というのも、2年次は秋から冬にかけていきなり試験期間だからです。1つの専門分野につき2つ課題が与えられ、答えを論文にして、14週間(!)ぶっ通しで書き上げなければいけません。
この地獄の試験期間が終わると、休む間もなく今度はBPhilの学位論文に取りかかります。冬の終わりから夏にかけて、30000単語程度(A4サイズで100ページ程度)の論文を書きます。これが夏に審査され、合格すると晴れて学位取得となります。
オックスフォード大学の哲学科は、BPhilとDPhilとで毎年30名ほどの受験者を合格させているようです。単純に考えると、同期生は大体10名前後ということになります。そして、BPhilの学位授与に関しては、毎年2、3名が不合格になるそうです。つまり、BPhilの学生の約3人に1人が学位を取得できずに終わるのです。これは恐ろしく高い比率です。
BPhil獲得を目指すということは、このとんでもなく高いリスクを引き受けるということです。これも、今回の決断を難しくした一因です。僕は恐がりなんですね。
どうしてBPhilの審査はこんなにも厳しいのか? そのひとつには、インテリ独特のルサンチマンにあふれた排他的構造があります。悪い言い方をすれば、次のようなことです。オックスフォードの哲学科には、学生、教師を問わず世界中からとびきり頭のいい人たちが集まってくるわけですが、その中には、自分より少しでも頭の悪い人を蹴落として、その人の自尊心をずたずたにすることに喜びを覚えるような人達も少なからずいる、ということです…。
ネガティヴな側面に注目しすぎると入学する前からくじけそうになってしまいますが、BPhilが世界最高峰の哲学の高等教育プログラムであることは揺るぎない事実です。僕は、ニーチェの「存在の最大の喜び、最大の豊潤の秘密は、危険に生きることにある」という言葉を座右の銘として、イギリスに行くことに決めました。
幸いにも、あってもなくてもどうでもよいような命ですし、僕を必要とする人、僕を待つ人などいないから、やりたいことをやりたいだけやれるチャンスが僕にはあるのです。そのことに出来るだけ感謝する気持ちで、やってみようかという心持ちです。挑戦とか、新しい自分とか、そういう曖昧でともするとナンセンスなことは言いたくありませんが…。
それより今は卒論が無事仕上がるかどうかを気にしなければ…。
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(長くなったのでこのポストはここまで。次のポストでは奨学金の状況と所属カレッジに関してご報告します。)
04/04/2008
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